日本一おいしいうどんを目指す

なつかしいこのマークが「おいしさの証」のはじまり
「石川のうどん」の変遷
石川のうどんは、より「こしがあって艶やかに」を追求し続けてきました。
創業期(昭和時代中期)
私たちが「うどん」を作り始めた昭和中期、『木箱』に「すだれ」を敷き、茹で上げたばかりの温かいうどんを一食ずつに盛り付け、『店売り』をする傍ら、自転車で魚津市内の「八百屋」さんや「食堂」さんに納品していました。
その後、営業エリアを広げて行くにしたがい、より安全で取り扱いが便利な「簡易包装パッケージ」のものに移り変わって行きました。
当時から、「小麦粉」と「水」にこだわり、より「もっちりした」おいしいうどんを作ることを「麺作りの基本」としていました。
私たちが「うどん」を作り始めた昭和中期、『木箱』に「すだれ」を敷き、茹で上げたばかりの温かいうどんを一食ずつに盛り付け、『店売り』をする傍ら、自転車で魚津市内の「八百屋」さんや「食堂」さんに納品していました。
その後、営業エリアを広げて行くにしたがい、より安全で取り扱いが便利な「簡易包装パッケージ」のものに移り変わって行きました。
当時から、「小麦粉」と「水」にこだわり、より「もっちりした」おいしいうどんを作ることを「麺作りの基本」としていました。
成長期(昭和時代後期)
街々にはスーパーマーケットや飲食店が競うようにして出店し、それに合わせて、商品のバラエティも増えてきました。
それとともに、流通が盛んになり、県内外からの各種商品が運び込まれるようになりました。
「石川のうどん」も、食感やデザインネーミングにバラエティを加えて、経済の成長と共に発展してきました。
その後、「商品の味」だけの競争ではなく、「価格競争」も激しくなり、「商品の特徴」を明確に表せない商品は店頭から消えていくようになりました。
そのような中、私たちはより品質が良く特徴に豊かな商品を追求して行きました。
街々にはスーパーマーケットや飲食店が競うようにして出店し、それに合わせて、商品のバラエティも増えてきました。
それとともに、流通が盛んになり、県内外からの各種商品が運び込まれるようになりました。
「石川のうどん」も、食感やデザインネーミングにバラエティを加えて、経済の成長と共に発展してきました。
その後、「商品の味」だけの競争ではなく、「価格競争」も激しくなり、「商品の特徴」を明確に表せない商品は店頭から消えていくようになりました。
そのような中、私たちはより品質が良く特徴に豊かな商品を追求して行きました。
飽和期(昭和時代後半から平成時代にかけて)
「地元の売場・お店」は「地元の商品」で!
・・・・そのような時代は既に過ぎ、全国から多種多彩な商品が店頭に持ち込まれるようになりました。
スーパーや飲食店様には、ありとあらゆる商品が紹介され、「味」は勿論のこと、「価格」「商品へのこだわり」が更に求められる時代に突入しました。
「うどん」は、「より手打に近い」ものが高く評価され、味にこだわる「通人」は、近県や遠方の「手打ちうどん店」や「手打そば店」へ、わざわざ「食べ歩き」に出掛けるほどとなりました。
私たちのうどんも、「玉うどん」の時代から、「手打風」「手打式」と言った特徴を謳えるものへ研究開発を進めて行きました。
「地元の売場・お店」は「地元の商品」で!
・・・・そのような時代は既に過ぎ、全国から多種多彩な商品が店頭に持ち込まれるようになりました。
スーパーや飲食店様には、ありとあらゆる商品が紹介され、「味」は勿論のこと、「価格」「商品へのこだわり」が更に求められる時代に突入しました。
「うどん」は、「より手打に近い」ものが高く評価され、味にこだわる「通人」は、近県や遠方の「手打ちうどん店」や「手打そば店」へ、わざわざ「食べ歩き」に出掛けるほどとなりました。
私たちのうどんも、「玉うどん」の時代から、「手打風」「手打式」と言った特徴を謳えるものへ研究開発を進めて行きました。
平成20年
手打を超えた味「こし一番」登場
この頃、「社内改善運動」が推し進められ、石川製麺の「存在理由」ということについて、社員全員で考えていました。
ある日、ひとりの社員から、「日本一幸せな会社を目指すからには、『日本一おいしいうどん』を作りたい」との声が上がりました。
一番得意な分野で、「一番おいしい麺類」を作ろうとの発想です。
社員全員で意見交換を重ね、数限りない「試作研究開発」を進め、一年半の歳月を費やし、とうとう出来上がった「うどん」が「こし一番」です。
「こし一番」は、食べていただく全てのお客様や関係者様から「とてもおいしい」との高いご評価をいただくことが出来ました。
また、「客観的な評価」をいただくことも大切だろうと、発売した次の年、国際的評価機関である「モンドセレクション」へ応募し、「ブロンズ賞」を受賞しました。
そして、2011年、晴れて「二年連続受賞」をいただくことが出来ました。
私たちの「日本一おいしいうどん」を作る旅はまだ始まったばかりです。
手打を超えた味「こし一番」登場
この頃、「社内改善運動」が推し進められ、石川製麺の「存在理由」ということについて、社員全員で考えていました。
ある日、ひとりの社員から、「日本一幸せな会社を目指すからには、『日本一おいしいうどん』を作りたい」との声が上がりました。
一番得意な分野で、「一番おいしい麺類」を作ろうとの発想です。
社員全員で意見交換を重ね、数限りない「試作研究開発」を進め、一年半の歳月を費やし、とうとう出来上がった「うどん」が「こし一番」です。
「こし一番」は、食べていただく全てのお客様や関係者様から「とてもおいしい」との高いご評価をいただくことが出来ました。
また、「客観的な評価」をいただくことも大切だろうと、発売した次の年、国際的評価機関である「モンドセレクション」へ応募し、「ブロンズ賞」を受賞しました。
そして、2011年、晴れて「二年連続受賞」をいただくことが出来ました。
私たちの「日本一おいしいうどん」を作る旅はまだ始まったばかりです。
石川製麺の「こだわり」リンク
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- 北アルプスの水が生み出す「名水つゆ」
